2024年2月7日水曜日

【第8話】58年間の振り返り:法律家としてはともかく、人権法律家として完全失格(24.1.11)

 以下は、子ども脱被ばく裁判の弁護団MLに投稿した一文。

この冬休みは58年間の振り返りをしていまして、
そこで判然と分かったことは、
自分が法律家としてはともかく、人権法律家として完全失格である、
58年前、人権判決の金字塔と評された全逓東京中郵事件最高裁判決は人権判決として実は失格だった
ことでした。

その振り返りの直接の動機は、先月の子ども脱被ばく裁判の高裁判決で、裁量権問題でも国際人権法でも完全にコケにされた、という経験をしたからで、なぜそんなことになるのか、その総括をせずにおれなかったからでした。
そこから、自分自身がこれまで「政治」とは何かについて、明確な認識をまるっきり持っていなかった問題に気づかされ、そのため、いつまで経っても、政治と法律(厳密には人権)の関係がどうなっているのかが分からなかったことにも気付かされました。
その結果、私は政治問題を裁判で解くことの意味を突き詰めたこともなく、2005年以来、社会政治問題の裁判に参加してきたにも関わらず、ずっとこの問題が解けなかったし、解こうとも思わなかった。
他方で、世の中には「解き方」を間違えたために、どうしても解けない問題というものがあります。数学史の有名な出来事として5次方程式の解法。 
x^5 +2x^4 +3x^3 +4x^2 +5x+6=0
このような5次以上の方程式は加減乗除の方法で解くことが(一般には)できないことは1824年、アーベルの手で初めて証明されたのですが、それまで数百年にわたって、これを加減乗除の方法で解けると信じた者たちにより空しい努力が積み重ねられてきましたた。昨年末に至りようやく、この数学者たちの迷妄の歴史は私に対する教訓と思えるようになったのです。

そこで、この問題の根本は政治問題を裁判で解くことの意味にあり、それについてこれまで漠然と感じていたことを、一度は徹底して問い直さなくてはならないのではないかと思ったのです。

その問い直しの中での試行錯誤の経過は省略しますが、結論として分かったことは、私は自分が法律家としてはなんとかやってきたかもしれないが、こと人権法律家として完全失格だ、ということでした。

まず私が法律家として何とかやってきたかもしれないというのは、自分が徹底した法的三段論法を駆使して紛争解決を引き出す原理主義者として振舞ったからです。それが著作権事件専門の法律家としてやってきたことでした。著作権の紛争に対し、最善と思われる結論を導く解決基準を探求し、それを見つけ出して白か黒かを迫る解決策を提示しました。幸い、それが裁判所に受け入れられることが多かった。それでこのスタイルに大いに自信をつけたのです。
ところが、2005年から遺伝子組み換えイネの実験差止の裁判に参加して以来、社会的問題の紛争にこの原理主義のスタイルで全力でぶつかって来ましたが、一転して、一度も裁判所に受け入れられることがなかった。この原理主義のスタイルに力を入れれば入れるほど、まるで、イソップ物語の「北風と太陽と旅人のマント」のように、裁判官は、かつてのようには決してマントを脱いでくれなかったのです。

私の未熟さは、所詮は、私人間の著作権トラブルにすぎない著作権裁判の解決の流儀(正義の旗を高く掲げ、これを思い切り判決理由として主張する)をそのまま、国政を根底から揺るがす、政治的影響がものすごく大きな事件について、判決次第で政策の方向が180度変更するような、白か黒かの判断を裁判所に求めて何ら怪しまないところにありました。私が提示する一刀両断的な解決策が、このような国策裁判でどれほど相手の裁判官の腰を引かせるか、それについてぜんぜん想像力を働かすことができず、単に「それは弱腰だ」で一蹴するという独り善がりの態度でした。「人を見て法を説く」ことが全く出来ていない、法律家として完全失格でした。

それで、遅まきながら、今度の判決を下す最高裁裁判官の素性を知るべく、この休み中に、以下の本を手に取りました。
憲法学からみた最高裁判所裁判官 70年の軌跡
https://www.nippyo.co.jp/shop/book/7511.html

一歩前へ出る司法 泉徳治元最高裁判事に聞く
https://www.nippyo.co.jp/shop/book/7334.html

裁判と法律学 -- 「最高裁回想録」補遺
https://www.yuhikaku.co.jp/books/detail/9784641125810

その中で分かった事は、最高裁でもまだ闘う方法は十分にあるのだ、という確信でした。
とはいってもそれは逆転勝訴判決を引き出すという意味ではありません。
具体的には、最高裁の中で、我々の主張に心動かされた少数意見を書かせることです。
それが、世論を喚起し、次の判例変更への布石となる1つの足ががりになることです。

くり返すと、その読書の中で、暗黒の最高裁と言われようが、その中でも、例えば中村治朗、藤田宙靖、泉徳治、私の指導担当官だった島田仁郎、堀越事件で猿払事件を変更した千葉勝美などなど、ジワジワと人権保障を1ミリでも前進させようと努力してきた最高裁裁判官たちが少なからずいたことを知り、深い感銘を受けました。そして、この「ジワジワと人権保障を1ミリでも前進させよう」という努力の仕方からいかに沢山のことで学ぶものがあるかを知らされ、この学びを、これからの上告理由書の中で活かさなければと思いを新たにした次第です。

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